【留学と私】その23「ウランバートルへ」

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2002年8月中旬に内モンゴルのフフホトへ上陸した私ですが、
9月の新学期を前に3泊4日の旅行に行きます。
題名の通り、モンゴル国の首都・ウランバートル(Улаанбаатар)です。


ウランバートル駅(2002年)。建物はロシア風
eki.jpg

東京で知り合い、フフホトで何かとお世話をしてくれたアルナーさんには
スチンちゃんという妹がいます。
彼女は内モンゴル大学芸術学院でベルカント(オペラのあの歌唱法。
中国語では「美声mei3 sheng1」ってそのまんま笑)を学んでいて、
2002年9月からウランバートルに留学することになっていたんです。
で、お姉さんであるアルナーさんが、留学手続きなどの手伝いのために
スチンちゃんと一緒にウランバートルへ行くということで、
私もそれに便乗してついて行ったのでした。


アルナーさん(左)と、妹でウランバートル留学をするスチンちゃん
16.jpg

 
ちなみに「留学前(19)」では、
「先輩の増田さんもフフホトに行ったが、今回は留学目的ではない」
と書きました。
実は、アルナーさん姉妹についてモンゴルへ旅行に行く、というのが
増田さんの真の目的なのでしたー。
 
フフホトからウランバートルへは直行便が飛んでいます。
フライト時間は、だいたい3時間くらいだったと思います。
地方都市・フフホトですが、実は国際空港を持つ都市だったんですねー。
 
で、残念ながらウランバートルのことはあまり覚えておらんのです(^_^;)
当時はモンゴル語が全くわからなかったという事もなくはありませんが、
「モンゴルに興味があった訳ではなく、ただみんなについて行っただけ」
というのが最大の原因でしょうね。
 
特に、町の外れだったと思いますが、歌、踊り、モリンホール(馬頭琴)
などの伝統芸能を見に行ったのですが、感動したという記憶がないんです。
あ、今の自分がこんだけモンゴルにはまっている現状を見ると
「感動しなかった」というのはちょっと考えられないので、逆に
「如何に自分がモンゴルに対して興味がなかったか」
をさらけ出しているようなものですね f(^ ^;)
 
ま、きれいさっぱり忘れてしまった訳ではもちろんなく、
町の南にある丘?に行って町の全景を眺めたり、
ガンダン寺というチベット仏教のお寺を参拝したり、
路線バスに乗る時に「スリが多いから気をつけて」と言われたり、
ところどころ記憶は残っています。


ウランバートルの町の南にある丘にて。石を山積みにしているのは「オボー」
owoo.jpg


それにしても、今考えると非常にもったいないことをしたなー、と
ついつい思ってしまいますが、今さら仕方ないですね。。
 
ちなみに帰りは、ウランバートルから国境の町(モンゴル側)・
ザミーン・ウード(Замын-Үүд)まで電車で約24時間、
中国へ入国後はタクシーを拾いフフホトまで。
そのタクシーの運ちゃん、頭おかしいんですよ!!
なんてったって、峠道のブラインドカーブで
アウト・イン・アウト」するんですもん (||゚Д゚)ヒィィィ(゚Д゚||)
山道を抜けてフフホトの町の明かりが見えて来たときは
さすがにホッとしました。
 
ただ、留学期間が長くなるにつれ、
「多かれ少なかれ、中国の運転はだいたいこんなもんである」
ということに気づいていくのでした・・・

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