【留学と私】留学前(10)

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(前回までのあらすじ)
中国語独学では飽き足らず、「駅前留学・NOVA」に「入学」した私。
中国語の目に見える上達、失恋などの経験を通し、
ついに留学することを決断しました。
 
 
こう書くと、すぐに留学を決断したように思われるかもしれませんが、
決してそんなことはありません。
いろいろなことが頭の中を駆け巡り、真剣に考え始めてから
決断するまでに約3ヶ月くらいはかかった覚えがあります。
でも結局、留学に限らず
本当にやりたいと思ったことは遅かれ早かれ結局始めちゃうんだな」
とこの時わかりました。
なんか他人事のような言い方ですけどね(笑)
 
で、当然親にも伝えることになる訳ですが、
ここが難航して難航して・・・という事は全くありませんでした。
というのも、
「会社を辞めて留学しようと思うんだけど」
ではなく
「会社を辞めて留学することにしたので」
という伝え方だったからです(笑)
 
仮にも自分の親です。
「相談」の形で話を切り出したら猛反対されるのは目に見えていました。
しかも本気で心配・反対されるのがよくわかっていたので、
なおさら「事後報告」という形を採らざるを得なかったんです。
 
事後報告と言えば「ほんれんそう」と世の中では言われていますが、
「そうじゃない、正しくは『そうれんほう』だ」
という言葉を聞いたことがあります。
考えてみれば、何か起こってから相談するのではなく、まず相談してから行動し、
その上で起こった事を報告・相談する方が理にかなってますよね。
「なるほどな〜」と思った言葉です。
 
いいカンジに字数稼ぎの脱線ができたところで本線に戻ります。
 
留学することは決めた、では次に決めることは?と言えば「留学先」です。
これに関しては、私の場合けっこうあっさり「内モンゴル」と決まりました。
やはり「ご縁」これは大きいです。
内モンゴルでの植林がきっかけで留学という道が開けたのだから、
ただならぬご縁を感じずにいられるでしょうか?(いや、いられるまい。←反語)
 
他にも、内モンゴルに決めた理由があります。
確か、留学することを決めたのは2002年の2月辺りだったと思うのですが、
当時東京に留学していた中国出身のモンゴル人がその年の5月に
内モンゴルの首府(首府 shou3 fu3)・フフホト(呼和浩特 Hu1 he2 hao4 te4)に
帰国することが決まっていた、ということもあります。
 
さらに、モンゴル人の友達の知り合いという方が、当時
「内モンゴル大学国際教育学院」(留学生受け入れ施設、とでも言いましょうか)の院長をしていたこともあり、
その安心感というものもありました。
かと言って「裏口」を通った(走后门 zou3 hou4 men2)訳ではありませんよ!
ちゃんと正規の入学手続きは採りましたので、念のため。
 
という訳で、留学先は
内モンゴル大学国際教育学院
に決定しました!!

内モンゴル大学国際教育学院
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