【留学と私】留学前(3)

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(前回までのあらすじ)
学生時代、サイクリング旅行を通して環境問題に興味を持ち、
大学卒業後はサラリーマンをしながら環境問題について勉強をしていた私。
サークルの先輩からのメールがきっかけで内モンゴルの環境問題勉強会に参加。
が、それだけでなく、GWの植林ツアーに参加することにしました。


ここで、内モンゴルの自然環境について簡単に紹介しておきます。

内モンゴルは万里の長城の北、モンゴル高原の南部に位置します。
そして、地域差はあるのでしょうが、表土はわずか数cm~数十cmしかありません。
では、表土の下には何があるかと言うと、
毎年春に西日本を中心に訪れる招かれざる客「黄沙huang2 sha1」です。
(ちなみに「黄沙」という言葉は砂の名前であり、
 春先を中心とした砂嵐は「沙尘暴sha1 chen2 bao4」と呼ばれます)

モンゴル高原は本来、モンゴルに代表される北方遊牧民が遊牧生活を行う地域です。
が、ここ100年あまりの間に南方から農耕民が万里の長城を越えて大量流入
農耕を始めました。
すると、黄沙の蓋の役割を果たしてきた表土が簡単にはがされてしまい、
露出した黄沙がこの土地特有の強い偏西風に乗って巻き上がり、
草原をどんどん覆い隠してしまうのです。

それだけでなく、人口増加が原因で燃料需要が高まり森林伐採が深刻化したり
(モンゴル=草原というイメージがありますが、実際は森もあったりします)、
地力の範囲を超えた数の家畜を飼育する「過放牧」をせざるを得なくなります。
これらも土地を痩せさせ沙漠化を引き起こす原因になっています。

ほんの数十年の間に、環境は文字通り「激変」しました。
「30年くらい前は木に登ってアンズの実を食べたり、
 また草の背が高くて、子供は夜になると危なくて出歩けなかった」
という話をモンゴル人から聞いたことがあります。
それが、現在は写真にあるような、緑の「み」の字もないような
沙漠になってしまいました。

sabaku.jpg


植林ツアーで行った「通遼」一帯を「ホルチン」と言います。
数十年前までは「ホルチン草原」でしたが、今もそう呼ぶ人はいません。
今は「ホルチン沙地」と呼ばれています。

農耕民が農耕を行っている時代には草原が後退し、逆に
遊牧民が遊牧生活をしている時代には草原が回復したという調査結果があったり
(という訳で、現在はまさに前者の時代ということになります)、
また万里の長城を境界線に、北方(モンゴル)は遊牧に適した気候、
南方(中国)は農耕に適した気候だというデータも出ているそうです。

という訳で、「沙尘暴」は明らかに人災です。
人の手によって変わってしまった環境は、人の手で元に戻すことができます。
現地の植生や地力などに配慮した適切な植林を行うことで
沙漠化を防止し、環境を回復することはできるのです。

mizuyari.jpg

ちなみに、気候の変化など自然現象によってできた砂漠は「沙漠 sha1 mo4」、
それに対し人為的に作られた砂漠のことを「沙地 sha1 di4」と言い分けているそうです。
「ホルチン沙漠」でなく「ホルチン沙地」なのはそのためです。

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